メイド グロリアのつぶやき
「何をなさっているのです?」
声をかけると、若い執事はギクリと身を強ばらせた。
ジルベール様をお迎えするお食事会の準備を少し抜け、ご子息の剣の稽古の準備をしようと自室へ戻る途中、見慣れない青年が周囲を見回しながら廊下を歩いているのを見つけた。
あまりにも不審な動きだったので後をつけてみたら、これだ。
先日、ベラドンナの鼠を追い出したばかりだというのに……。
「ここは、ジルベール様の書斎ですよ」
固く、強く言い放つ。
この部屋に入れる人間は限られている。
御家族、カーン様……そして、私。それ以外は主からの許可がない限り入らない決まりとなっている(私が決めた)。その許可が降りるのも、本当に一部の限られた使用人のみ。
冷や汗を流しながら床に視線を彷徨わせるこの執事は、そのどちらでもない。
あまりにもわかりやすい反応に、もう少し上手くやればいいものをと思う。
「……あら、新しい使用人ですか?」
だから、じっと執事を見据えて、わざとらしく言い放つ。我ながら意地が悪い。
若い鼠は、大袈裟なくらい肩を揺らしてから、控えめに頷いた。
「では……ご存知ないのも仕方がありませんね」
優しく微笑んで言いながら、一歩、一歩、ブーツの音をわざと響かせて歩み寄る。
こんなに優しく言葉をかけて差し上げているというのに、鼠はまるで猛獣を前にしたかのように、 小刻みに震えながら後ずさる。
だが、残念。後ろは壁。
「……あの御方には、優秀な番犬がついているのですよ」
お前も牙の餌食になるか?と、暗にそう込めて追い詰めた鼠に言えば、悲鳴をあげながら逃げ出した。
盗人か、ベラドンナの間者か……まぁどちらにしろ、カーン様に報告しなければ。
ふと、鼠が走り去った後に光るものを見つけた。カフスボタンのようだが、彼が落としたのだろうか?
拾いあげてみると、それは紋章が入っていた。
……その紋章が何であるか気づき、心臓が痛いほどに跳ね上がる。
首筋の脈が鼓膜まで叩くように鳴り響いて、背中を冷たい汗が流れた。
近隣国、ディセントラの紋章。
何故あの国の者が、この屋敷に忍び込んでいたのか……皆目、検討がつかない。
ジルベール様がただの貴族なら話は別だが、あの御方は宰相だ。
その屋敷に間者を寄越すなど……。
できれば主の耳には不穏な話を入れたくなかったのだが、これは事が事なら戦争になりかねない事態だ。
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